江戸時代
景色の美しさから観光地になる
金沢区は、鎌倉時代に北条氏の荘園として栄えた地域で、武士や僧侶に利用された図書館である金沢文庫で有名なところです。江戸時代になると、明の禅僧心越が金沢八景の美しさを詠んだ漢詩で広く知られるようになり、安藤広重らが景勝美を描いた名所絵でも人気を得、多くの人が訪れる観光地となります。
明治時代
伊藤博文が大日本帝国憲法の草案を書きに来る
その美しい環境から、明治時代になると政界の要人などの別荘が多く建つようになりました。大日本帝国憲法の草案は、伊藤博史、井上馨、伊東巳代治、金子堅太郎が金沢八景の東屋旅館で作り、作業中に草案を盗まれるというエピソードが有名です。現在は須崎町に明治憲法草創の碑が残されています。
昭和時代
公園や市場が整備されて住みよい地域に!
第二次世界大戦後、横浜が都市化していく中で、金沢沿岸の海が埋め立てられ、工場地帯や住宅地として発展してきました。30年代からは、交通の発達に伴い横浜のみならず東京のベッドタウンにもなってきます。八景島シーパラダイスや海の公園、横浜ベイサイドマリーナなど観光の拠点ともなるような公園やスポットが多くあり、また商業施設も充実しているので、暮らしやすい町となっています。