江戸時代
ペリーが浦賀に来航
横須賀市は三浦半島にあり、東京湾への出入り口にあたります。江戸時代には江戸を守る海上の要衝として浦賀奉行が置かれました。1853年にペリーが来航して浦賀に上陸しました。最初の日米交渉はこの地で行われました。その後、海軍力の整備の一大拠点となっていきます。
明治時代
市営水道のはじまり
横須賀市では幕末から始まった造船所が明治になっても拡張し続けます。横須賀の水道の歴史は、明治6年に政府に招へいされていたフランス人技師のヴェルニーが造船所の水不足を解消するために計画、付設されたのが始まりです。その後、横須賀を軍港利用していた海軍や市がそれぞれ貯水場を整備していき、明治41年には、市営水道給水が開始されます。この時の利用者は、1780人でした。
昭和時代
軍都から平和産業港湾都市へ変貌
横須賀はその後も日本海軍の一大拠点として主に軍に関連する産業で発展していきましたが、敗戦を経て平和産業港湾都市への転換が図られました。広大で接岸に適した沿岸部を利用して、輸出産業の企業が多数立地しています。発電所もあり、日本の重化学工業の一大拠点となっています。